• 師匠

話がデカくなるとややこしい。


 やはり、諸葛亮かな。


 俺は殊更に中国史が好きだ。その史上で尊敬出来る実在人物は多々居る。「三国志≠三国志演義 」でも書いたように、嘗て俺の幻想の中では大軍師・大戦略家であった彼は、単なる(失礼だけど)”管理部長” だ。史実では外交・内政も彼が役を担っていたってさ。だが、正史三国志では彼がこなした仕事の詳細はなく、単に仕事が出来る政治家として描かれてる。先祖代々の気品と校慰の家系ということもあり、法を重んじ厳守することは、彼にとっては至極当然なことだったのだろうね。人選に関しては、彼のそのエリート好き(慣れといった方がよいw)と鼻高々さがあり、結局のところ荊州出身の士大夫(政治家候補さん)しか登用しようとしなかったし。馬良に代表される、”馬”家の人事登用もそれ故ってことかな。

 ここまでをみると「普通の公務員じゃん。」 と思ってしまう。そうなんだよな、公務員がそのまま宰相(お国のNo.2)になったんだな。でも、公務員ままでその生涯を閉じたわけでもない。劉備が没するまで全くノータッチだった軍事にも手を掛けている。兵法の勉強もしたのだろう。染み付いてもない、応用も利かない兵法であれだけの敵達を相手に戦えたのだから、まぁ大したもんだよ。


 彼は、やっぱ俺の中ではスーパースターだ。何ならイチローよりも上。恐らくイチローも後世に名を残す人物だろう。が、諸葛亮が没したのは西暦234年8月。史実か、醸成話か、語り継がれること実に1800年近く...すごく重いね、この数字。


 延々と続きそうだから評論はこの辺で...

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